コペンハーゲン・カストロップ国際空港




コペンハーゲン・カストロップ国際空港コペンハーゲン・カストロップ国際空港に着きました。
この空港は規模もこじんまりとしていますが、世界の空港の中で好きな空港の一つです。

空港に到着すると、オフシーズン(2月)だったせいもありますが、空港にあまり客がいないのに気がつきました。

人もまばらな空港のだだっ広い待合室のソファに腰掛けながら、やっと着いたなということで一息つきました。

こういう小さな空港は気分が落ち着きます。
最近、ロンドンのヒースロー空港を利用してみたのですが、そのあまりの巨大さと人の多さにびっくりして、半ばその混雑に辟易し、「ああ、イギリスを旅行するのもなかなかしんどいものであるなあ」と考えました。

コペンハーゲン・カストロップ国際空港 その点、コペンハーゲン・カストロップ空港ぐらいの大きさになると、人ごみもさほど気にならないし、入国や出国の手続きもそれほど苦にはなりません。

ただ、空港内の免税品店やショップ、レストラン、カフェの類の豊富さとなると、やはり、大空港にひけをとるということはあります。

とくに、トランジットのためだけにこの空港を利用する場合だと、休む場所が限られてしまっていて、待ち時間が多少、手持ち無沙汰になるということもあるかもしれません。






空港内を歩き回る


空港内のセブンイレブンコペンハーゲンの空港で、セブンイレブンを発見して、ちょっと驚きました。

海外旅行をしていて、コンビニを発見することが無かったので、ちょっと感動です。

余談ですが、パリの街角でブックオフを発見したことがあって、あれはちょっと残念な気がしました。パリの街角に「本」とあの有名な、わかりやすい看板があったわけです。

全然、街の風景と調和していないなあと残念な気持ちになったのです。
そういう意味でいうと、ヨーロッパに来ると中華料理屋をよくみかけますが、中華料理屋はなぜか街の風景にきちんと溶け込んでいます。

コペンハーゲン・カストロップ国際空港日本企業の海外進出がこれ以上、他国の人々の反感を買うようなことになってほしくないとふと思いました。

さて、空港をぶらつくこと小一時間、僕はあてもなくぶらぶらとさまよいながら、とりあえず写真をとっておこうかと、デジカメを片手に写真を撮っていました。

自分が見たままの風景を写真におさめたいといつも思いますが、なかなかそれは難しいものだといつも思います。

そもそも何を写真におさめるのか?という問題において、それは撮る人間の主観に左右されるということは間違いないことであるし、そう考えると撮った人間の人生観やら社会観、問題意識といったものが写真というものには常に反映されるということがよくわかります。


コペンハーゲン・カストロップ国際空港かつては、「眼鏡をかけてカメラを首にぶらさげた日本人」というのが、欧米諸国の間で揶揄の対象になったことがあったようですが、海外旅行に出て気づくのは、西洋人も日本人と同じくらい一生懸命に写真を撮っているということです。

問題は西洋人に限らず、東洋人に目を向けてみても、実態は同じことでした。

そうであるならば、日本人のみがカメラをぶらさげていることが批判されるのはややおかしいことなのではないか?という気もしますが、もうそんなことを問題にして、あれやこれやと議論する人間は、この地球上のどこを探してもあまり見つからないに違いありません。




コペンハーゲン・カストロップ国際空港ですが、行ったことのない国に対する偏狭さ、偏見というものは、人間にとって常につきまとうことらしく、例えば、海外を訪れて、現地の人々、あるいは各国の旅行者と接して、いまだに日本はサムライの国であるかのような想像をめぐらしている人に出会うと、それはそれで牧歌的な事柄のようにも思えますが、やはり、もうちょっとましな想像をしてくれないかと思ってしまったりもするわけです。

しかしながら、かくいう僕自身が、いかに他国のことを知っているのか?と人から聞かれれば、やはり返答に窮することはおそらく想像されるわけで、いずれにせよ、人はどんなに世界のことを知ろうと努めてみたところで、やはり、すべての事柄について知ることは出来ないという、あまりにもわかりきった、単純な結論に達するということになります。



コペンハーゲン・カストロップ国際空港そうであっても、僕はたまに想像をめぐらすのですが、世界のあまたの都市で、地域で、街のいたるところで、他国の民族の事柄や、風物を、自分が行ったこともないにも関わらず、ある種の床屋政談的ないかがわしさでもって、自分勝手に分析し、まことしやかな弁論をたたかわしている、そんな酒場の風景がいくつもいくつもこの世に存在しているのであろうなあと思います。

それでも、やはり他国のことというのは誰にとってもおそらく関心があることのようで、ありとあらゆる議論や想像というのをめぐらすということは、それだけで楽しいことであります。

僕自身、旅に出ていないときに空想するのは、まだ行ったことの無い国や都市の風景、人々の日常生活といったもので、日本と異なった文化をもった人々が何を考え、どんな風に人生を営んでいるかということを想像するときには、何かこう得体の知れぬ楽しみを味わうことが出来る空想の一種なのです。

実際に、旅に出てみると、もちろん、幻滅させられることや、ひどい場合には絶望するような精神の淵に追いやられるなんてことも起こりうることではありますが、やはり旅というものは旅であって、旅くらい人間の精神を高揚させて、人生を豊かにするものはないと考えています。

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